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![]() 原子爆弾「リトル・ボーイ」を搭載したB29爆撃機「エノラ・ゲイ号」は、四国―福山―西条―府中を経由して、広島駅ウラの山から広島に入り、島外科病院中庭の上空570メートル(プラス・マイナス10メートル)で爆発したといわれています。爆発点の温度、摂氏数百万度、爆心直下では、3000度〜7000度の超高温が、約3秒つづいたと考えられています。(鉄の溶ける温度=約1500度、太陽の表面 温度=約5700度) 爆心地を中心に、ほぼ2キロメートル以内にある建物が崩壊焼失、被爆者は、31万〜32万人、昭和20年末までの死亡者14万人(誤差プラス・マイナス1万人)と推定されています。原子爆弾の特色は、奇襲性、大量 性、無差別性を持ち、放射能があるため将来的に子供に影響があるといわれている持続性のある点です。 原爆が投下された時、広島県燃料配給統制組合(鉄筋3階建て、現レストハウス)の地下室へ下りていた人は助かっています。この事は瞬時に起こった相反する現象といえます。 昭和20年8月6日、この川は、しかばねと、苦しさのあまり飛び込む人で埋まったといわれています。 |