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広島の高校生が元安川河床のフィールドワークを行ない、原爆瓦の発掘調査をすすめてきました。1981年(昭和56年)広島市の美観地区構想は、原爆瓦の散乱は見苦しいので、平和記念公園の周辺の川床に砂を入れて、外観をよくしたというものでした。広島平和ゼミナールの高校生はこの構想に危機感を抱き、全国各地の小・中・高等学校の児童生徒に呼びかけ、運動のきっかけとなりました。 「瓦のひとつひとつに生活を支えた重みがあった」(感想文から)被爆瓦の保存を訴えた、戦争体験を持たない若人達の碑です。ブロンズ像は、テーマ「もどれない風」で昇華する魂を表現したものです。表に被爆がわらを組み合せたパネルと碑文、裏に発掘作業のレリーフ、被爆後の焦土広島の全景写 真、これに英文と和文の説明を加えた陶板がはめこまれています。 |